上野殿御返事

上野殿御返事/弘安二年 五十八歳御作

 鵞目一貫しほ一たわら蹲鴟一俵はじかみ少少使者をもつて送り給び畢んぬ、あつきには水を財とすさむきには

火を財とすけかちには米を財とす、いくさには兵杖を財とす海には船を財とす山には馬をたからとす武蔵下総に

石を財とす、此の山中にはいえのいも海のしほを財とし候ぞ、竹の子木の子等候へどもしほなければそのあぢわ

ひつちのごとし、又金と申すもの国王も財とし民も財とす、たとへば米のごとし一切衆生のいのちなり。

 ぜに又かくのごとし、漢土に銅山と申す山あり彼の山よりいでて候ぜになれば一文もみな三千里の海をわたり

て来るものなり、万人皆たまとおもへり、此れを法華経にまいらせさせ給う、釈まなんと申せし人のたな心には

石変じて珠となる金ぞく王は沙を金となせり、法華経は草木を仏となし給ういわうや心あらん人をや、法華経は

焼種の二乗を仏となし給ういわうや生種の人をや、法華経は一闡提を仏となし給ういわうや信ずるものをや、事

事つくしがたく候、又又申すべし、恐恐謹言。

=八月八日   日蓮花押

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